首長マガジン誕生秘話――菅野 永(株式会社全力優 代表)
「自治体の首長は、誰からも仕事を教えてもらえない」
そんな一言がきっかけで生まれたのが『首長マガジン』だ。いまや全国の首長の手に渡り、互いの学び合いを支える存在となっている。本誌の仕掛け人である全力優代表・菅野 永(かんの ひさし)に、誕生から今日まで、そしてこれから先の展望を聞いた。(インターン・森宥利花)
公務員時代に見えた現実
菅野は、学生時代から「社会の役に立ちたい」という思いを胸に抱いてきた。国家公務員試験を目指しつつ、縁あって北海道庁に入庁。初任地は夕張市や歌志内市を含む空知地方だった。
そこで目にしたのは、財政難や人口減少に苦しむ自治体の現実だった。
「役に立ちたいのに役に立てない。問題があまりにも大きすぎて、新人の自分ではどうにもできなかったんです」
公務員をわずか2年で退職した菅野は、自らを鍛え直すため、ベンチャー企業の世界へと飛び込んだ。
ベンチャー企業から独立へ
仙台のベンチャー支援会社に転じ、クラウドファンディングや起業家支援に携わるなかで、再び自治体と関わる機会が増えていった。やがて事業が分社化され、2018 年には子会社の代表に自ら手を上げて就任。2022 年に株式を買い取り完全に独立、2024年には社名変更し株式会社全力優をスタートさせた。
「自治体の課題をビジネスで解決したい」と模索するなかで、菅野は“原点”に立ち返る。
「まず、首長が本当に困っていることを直接聞いてみよう」
首長インタビューから生まれた「気づき」
首長インタビューを始めると、次第に共通する課題が見えてきた。
「自治体の首長は、誰からも仕事を教えてもらえない」
ある市長は、就任初日に複数の幹部職員から辞表を突きつけられた。孤独の中で奮闘する姿は決して例外ではなかった。
「皆さん同じことで悩んでいるのに、それぞれが一人で苦しんでいる。これは日本全体にとって大きな損失だと感じました」
この気づきが『首長マガジン』の種となる。
滋賀県湖南市・谷畑英吾元市長との出会いを経て、一般社団法人地方自治マネジメントプラットフォームを設立。「首長の学校」など学び合いの場を形にした。
創刊から現在まで
『首長マガジン』は創刊から丸2 年が経ち、3 年目に入った。創刊当初、「首長に特化したメディアは他にない。このタイトルとコンセプトで届ければ必ず読まれる」と確信していた菅野。その思いの通り、確実に反響が届いている。
ただし、まだ課題も残る。
「首長宛てに郵送しても、秘書や庶務で止まってしまうことがあるんです。届いてもまだ読まれていない方も一定数いらっしゃると思います」
媒体のコンセプトには揺るぎない自信がある。今は、編集部と読者との関係をさらに深くする大切な時期だと言う。
将来への視点
『首長マガジン』が見据えるのは、次の10 年だ。
「今の20代、30 代が首長になる時期が必ず来ます。そのときに紙だけで読んでもらえるかどうかは分からない。時代に合わせて変化する必要があります」
一方で、デジタル化には情報漏洩などのリスクも伴う。紙の「特別感」を活かしつつ、暗号化などセキュリティを整えながら、紙とデジタルのハイブリッドな展開を考えている。
書店に並べる道も探ったが、現状はハードルが高い。だからこそ、まずは知名度を高め、存在感を強めることに力を入れている。
市民へと開かれる可能性
『首長マガジン』の役割は、首長同士の学びにとどまらない。
「自治やまちづくりに、市民がもっと関心を持つきっかけになれればと思っています」
若手職員の声を拾う中で、菅野はこんな言葉を忘れられないという。
「住民の1%からでも『ありがとう』と言われたら、モチベーションは全然違うのに」
日常生活を支える行政の仕事は、目立たないが確かに存在している。その現実を市民に伝え、首長をはじめとした自治体のリーダー像をより正しく知ってもらう。『首長マガジン』にはそんな役割も期待されている。
インタビューを終えて
『首長マガジン』はまだ新しい媒体だ。だが、孤独なリーダーたちをつなぎ、市民に新しい視点を届ける可能性を秘めている。「困難を抱える首長たちが、孤独ではなくつながりの中で学び合える場を」と、菅野の願いは、地域の未来を、そして日本の未来を、少しずつ明るく照らしていく。
